営業終了予定のお知らせ

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2016/07/17

内容は2日分、心の叫びは5年分。

移動距離1000キロ超え、予想通りの壮絶な旅でした。

朝6時に宮城に向け自宅を出発、磐越道が事故で通行止めという情報だったので、時間稼ぎに黒崎インターで朝飯を食うことに。俺はサラッとソバでいこうと決めたのだが、なんと親父は野菜炒め定食(朝7時)。俺はガッツリやりたいんだとか言いながら、いざ目の前にして「半分食ってくれ」とまさかの試合開始前ギブアップ。今思えばここから俺の戦いは始まったんだなと。

朝飯作戦のおかげで通行止めは解除、順調に磐越道、東北道を経由して昼12時前に仙台に到着。現地の親戚との待ち合わせは14時なので昼飯を食うことに、慣れない市街地を彷徨うが飲食店が見つからない…と、いきなり親父が「とんかつ屋あるぞ!」と指差し、即入店。ロースカツランチ850円、価格の割には美味かった。美味かったが今思えばここが俺のボーダーラインだったんだなと。

親戚と合流し、用事を済ませてご一行は秋保温泉で宿泊。50代の兄さん達2人を相手に俺の人生ネタで盛り上がるが、二人とも5分に1合のペースで清酒を飲む(消防団幹部レベル)、そして俺に注ぐ。もちろん二人とも宮城生まれなのだが、これが伊達男の生きザマか?ならば銘酒の都、新潟育ちの俺が負けるわけにはいかんだろ?グイッと一口でお猪口を空にすれば…うん、これはヤバイやつだな。まともに相手しちゃダメだ。酔ったふりして自分の席に戻り揚げたての天ぷらを美味しくいただき満足していると隣の親父が「俺のも半分食ってくれ」と、グレイト東北!

せめて温泉だけでも満喫しようと露天風呂でマッタリしてたのだが、マナーを知らない酔っ払い(伊達男ではない)のおかげて満喫ならず。長い一日が終った。

そして今日である、ここから先は笑えない話なので覚悟して読んでほしい。俺は春休みに家族と宮城に来て津波の跡を見てきたのだが、その話を親父に言ったら俺も見ておきたいとずっと思っていたらしく、ならば海岸線を南下してみようかという計画になったのだ。まずは前回行った荒浜地区へ向かうと…
屋上が整備されてフェンスやスピーカーが取り付けられていた、震災遺構であると同時に避難場所として使われるようである。周囲の集落跡を見た親父の心境は前回の俺と同じ、やっぱり実物を見なきゃ感じられない事があると言っていた。

そのまま国道6号を南下、仙台空港や津波に流された荒野を見ながら進むと突如巨大な廃墟が現れた。
福島県境の手前に山元町というところで、そこの小学校らしい。やはり周囲には集落があったらしいが今は荒野になっている。荒浜小と違うのは水位の高さで、こっちは2階の天井付近まで水が上がったようだ。
校舎右上の壁には水位を記録する標識が取り付けられている。
毎日生徒を迎えていたのであろう時計台が無残にも倒されていた。

慰霊碑に手を合わせ、いよいよ県境を越えて福島県に入った。震災以来福島は東北道で通過しただけで、滞在する事はなかった。今までテレビなどでのイメージでしか情報を得ていなかったのだが、やはりフクシマという言葉には恐怖を感じる。だからこそ自分の目で見る必要があるのだろう。

国道6号で相馬市を南下、そこは津波の跡はあるけど意外にも普通の街だった。街には活気があって人々が行き交い、そこで食べたザル蕎麦も美味だった(親父が天ぷら食うか?と言ってきたが拒否した)。でもここがフクシマだと痛感するのは時折大きな黒い袋が詰まれているのを見た時、時には数えられないほど無数の袋が詰まれている場所もあった。
でも復興は着実に進んでいる。福島もなんとかなりそうじゃん、なんて安直な考えは浪江町に入って全く根拠が無かった事を思い知らされた。

活気のあった国道沿いの町並みの中に、ポツポツと空き店舗が現れるようになったと思ったら急に車の行き交いが減り、歩く人はいなくなった。そこから3分ほど進んだであろうか、町全体が廃墟と化したフクシマの姿がそこにあった。
帰還困難地域…住む事が許されず、バイクや徒歩での通過も不可、車での通過のみ認められた地区である。住む事ができなければ復興作業もできない、まるで震災直後から時間が止まっているようだ。廃屋の並ぶ町並みはとにかく「異様」、ゴーストタウンまさにその通りだ。
国道なのに車がほとんど通らない、信号も黄色の点滅状態。交差点の左右の道は全て警備員によって封鎖されている。野生のイノシシが横切っていった。
無人の街を過ぎると地名は大熊町に。浪江、大熊、富岡、報道番組で何度も聞いた地名、俺は実際にいるんだという実感、そして目前に送電線が横切っているのが見えた。
送電線をたどって海の方を向くと彼方にクレーンが数台立っている。その周囲に白い建物の片鱗や煙突のような施設。そこがグラウンドゼロで間違いないだろう。

周囲には壊れたままの住宅、そして全ての家の前はバリケードで封鎖されてる。本来バリケードというのは何かを守るために使うものだと思うが、俺には住人を追い出すためにあるようにしか思えない。


「放射能は全てコントロールされている」と総理大臣が言っていたが、いかがだろうか?コントロールされているのは放射能ではなく「住人」、そしてバリケードで守っているのは家や町ではなく「事実」なんじゃないだろうか?
津波の影響を受けずに残った家なのに住む事もできない、原発さえなければこんな悲劇はなかった。そんな事実を知られないためにバリケードで秘密を守っている。メディアというフィルターを通さずに直接感じた俺の感想だ。
原発再稼動を訴えてる人の中にここの住人は何人いるのだろうか?むしろここの住人以外に再稼動の決定権は無いんじゃないか?だから俺はフクシマの人が全員再稼動を希望するならそれでいよ、だけど一人でも反対したなら原発は無くすべきだ。日本の中で、しかも新潟の隣の県で、町全体が廃墟になっている所があるんだよ、安い電気のためとか言ってるけど、金でなんとかなる次元を超えてるよ。

坂本竜馬に日本をスクリーニングしてもらう必要がありそうだ。