2020/10/27

4.徹子のヘアー

店内に3人がけのベンチがありますが、その前はもうちょっとゆったり座れるソファがありました。

そのソファには奇妙な力があり、座った人の大半がアクアリウムの話ではなく、日頃の苦労話を語り出すのです。

職場や家族に対する文句とか、子育てに関する事、介護生活の話なんてのもありました。

私には聞く事しかできないわけですが、それだけでも役に立っているのならそれでいいか?と、思っていました。

そんなある日、ある男性が数ヶ月ぶりに来店されました。以前は可愛らしい奥様といつも一緒でしたが、その日は一人でした。

おもむろにソファに座り、しばらく水槽を眺めた後に一言「今、安定剤を飲んでいるんです」と。詳しく事情を聞きたかったのですが、それも酷な気がして、私はとりあえず以前と同じ口調で普段通りに接していました。

30分ほど話をして、男性は帰っていきました。それから10年以上経ちますが一度も来店はありません。

その男性の住んでいる地区からセブンスまでは1時間以上かかります、それなのに話をするためだけに来店されたというのがずっと心に引っかかっています。

今思えば何かできた事があったかもしれません。でも、あの頃は人の人生を背負うにはまだ若すぎました。

そして今、そんなソファがあれば迷わず自分が座ります。